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宇田川浩行(希哲館)✅ @hiro@mn.kitetu.com

知番付け識別子(knumbered identifier)の最も重要な意義は,「個々の記述の意図」を残せることにある。だから,docstring のようにどこかでまとめて説明を残せる仕組みとはちょっと違って,C のような柔軟な込め言(コメント)記法と最も相性が良い。

ただ,Emacs Lisp の場合,良くも悪くも名前が硬直的でどこから参照しても呼び方は大体同じなので,さほどこの技術の活かしどころは無いかもしれない。

要はこれと同じことを Emacs Lisp でもしたい。最初は docstring で我慢するかと思っていたのだが,あれとこれとはちょっと意味合いが違う。
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込め言(コメント)の自由度が低い Emacs Lisp で,マクロを使った込め言記法を考えていた。例えば,
(fn arg1 arg2)
という函数呼び出しに
(: fn "this is a test function" arg1 arg2)
という込め言が出来ると,知番付け識別子が Emacs Lisp でも使える。

「粉骨砕身」の字面が生々しすぎてちょっと気持ち悪くなった。比喩でもなんでもなく,そうなりかねない。

希哲館事業が21世紀の象徴となるように粉骨砕身……

……このように,希哲館事業は世界で一番無茶な知的冒険なのである。これが正しく認知された時点で世界史が変わってしまうくらいには。

ちなみにこの哲学から「論理実装主義」(logical implementationism)という概念も派生している。これは要するに論組(プログラミング)を主たる手段に据えたプラグマティズムだ。私はこの哲学の有効性を,例えばデルンや知機の実装を通して実証しようとしているわけだ。

言うまでもなくこれは言語哲学の歴史を踏まえているが,ただ,私の言語演劇論に「言語の限界」(語りえぬもの)などという観念は無い。それは劇中の世界の大きさが舞台の大きさではないのと同じだ。むしろ,語りえぬことを語ることに「虚構としての言語」の他ならぬ意義がある

この考え方は,哲学における伝統的な「実体」に関する議論を単純化する。つまり,全ては言語,より厳密に言えば交換可能な概念である。と,言語による言語についての思考を自己収束させる。これで輪郭法の土台が出来たわけだ。

私が「全ては言語なのだ」と語るとき,ある人は「そんなわけはない」と反論するかもしれない。しかし,この時点でその反論者も「言語劇場」の舞台に上がってしまっていることになる。言語という虚構の中にあって,言語は真実らしく語られることを運命付けられている。これが言語というものが持つ本質的な演劇性だ。この考え方は,むしろ言語に対する諦観が無ければ成り立たないという意味で,言語的思考と非言語的思考の究極における調和でもある。

この辺は,掘り下げると私の哲学観にも触れるのでちょっと難しいのだが,基本的に輪郭法というのは世界を「言語劇場」(language-theatre)として捉える宇田川哲学に基礎付けられている。そこには本質としての仮も実もなく,全てが「仮にして実である」言語的原子(概念)たちの相互作用(演劇)で構成されている。

実身/仮身システムの欠点は,たぶん「実身」と「仮身」という二つの概念を分けてしまっているところにある。デルンの背景理論である輪郭法が画期的だったのは,その区別を廃して,全ての出与え(データ)を「輪郭」という一つの概念の組み合せで表現しようとしたところ。

いま何気なく実身/仮身システムについての超漢字公式サイトの解説ページを見たのだが,デルンという大きな括りでは似たような司組(システム)を開発・実用化した私が読んでもいまひとつ頭に入ってこないし,これはまず一般には理解されないだろうな,と思った。この手の技術を説明する苦労はよく分かるけど。

日本の研究者でいうと坂村健さんの仕事は私のやりたいことに少し近いかもしれない。実身/仮身システムは昔からデルンとの比較研究をしたいと思っている。なかなか触る機会がないが。

ちなみに私が一番共感する哲学者は,ソクラテスでもプラトンでもアリストテレスでもなく,ディオゲネスだ。これは希哲社の技術で〈synical〉という用語を多用していることにも表れている。

家族等を除いて私に影響を与えた人物の中で一番この世界に近いのは,トーマス・エジソンかもしれない。ついでシャーロック・ホームズ。

私が20代の頃に憧れていたのは,リヴァー・フェニックスやジョニー・デップ,日本人なら三船敏郎,俳優以外で強いていえばゲバラとか,それくらい。だから情報技術の世界で先例にとらわれる必要を感じていないのかもしれない。

いまふと思ったのだが,情報技術の世界で私にとって目標とか憧れの存在って誰だろう。例えばジョブズに憧れている人はたくさんいるが,その手の起業家はそれほど意識したことがない。アラン・ケイやテッド・ネルソンの研究は重視しているが,そういう感じでもない。まさかストールマンか……?と思ったが,何か違うな。

小田和正さんの『小さな風景』,YouTube でカバーしている人達も結構好きだ。特に佐藤玖美さんのチャンネルにアップされているカバーは声が良い。これを聴いてから Amazon でオリジナルを買った。